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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)6382号 判決

本訴原告(反訴被告) 日向君江

本訴被告(反訴原告) 大熊和郎

主文

本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、別紙目録〈省略〉記載の店舗を引渡せ。

本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、右引渡しを受けた後、右店舗を明渡せ。

本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を本訴原告(反訴被告)の、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

事実

I  本訴

一、本訴原告は、「(1) 本訴被告は本訴原告に対し、別紙目録記載の店舗を引渡し、かつ昭和四二年一〇月一日から引渡完了に至るまで一ケ月金七五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。(2) かりに右店舗の引渡しが不能の時は、本訴被告は本訴原告に対し、金四、二四二、五〇〇円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は本訴被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

1  本訴原告は、本訴被告から、別紙目録記載の店舗(以下本件店舗という)を昭和三四年九月九日に借受けて、ここで食肉販売業を営んで来たが、本訴被告は、昭和四二年一〇月一日に右店舗の本訴原告の占有を侵奪した。

2  本訴原告は、本件店舗における食肉販売業において、毎月金七五、〇〇〇円の純益をあげていたが、本訴被告が右店舗の占有を侵奪したことによつて、本訴原告が営業を継続することが不可能となつた。

3  本件店舗の前記賃貸借契約の期間は、昭和三四年九月九日から満五年であつたところ、昭和三九年九月八日に更に期間を五年間更新し、更に更新することができる旨の約定があつた。

4  本訴被告は、本件店舗の占有を侵奪するに際し、本件店舗にあつた本訴原告の時価金五〇〇、〇〇〇円相当の大型冷蔵庫を取毀した。

5  本訴原告が、本件店舗の占有を奪われ、ここで前記食肉販売の営業をすることができなくなつたので、他に同様の店舗を求めるとすれば金一、〇〇〇、〇〇〇円の支出を余儀なくされるばかりか、営業上の信用を失墜したので、その精神的損害は金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

6  よつて、本訴原告は、本訴被告に対し、第一次的請求として、本件店舗の引渡しと、昭和四二年一〇月一日から右引渡完了に至るまで一ケ月金七五、〇〇〇円の割合による営業上の損失補償を、右請求が認められないときは、第二次請求として昭和四二年一〇月一日から同四四年九月七日までの間一ケ月金七五、〇〇〇円の割合による損失補償金一、七四二、五〇〇円、と請求原因第4、5項記載の金員の合計金四、二四二、五〇〇円並びにこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、本訴被告は「本訴原告の請求を棄却する。訴訟費用は本訴原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として本訴原告主張の請求原因第1、3項記載の事実は認めるが、その余の事実はすべて否認すると述べた。

II  反訴

一、反訴原告は「反訴被告は、反訴原告に対し、本件店舗を明渡せ。訴訟費用は反訴被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

1  反訴原告は、反訴被告に対し、昭和三四年九月九日にその所有にかかる本件店舗を食肉販売業を営むことを目的として、期間五年、賃料一ケ月金一二、〇〇〇円、賃借人が賃貸人に無断で店舗を休業したときは何等の催告も要しないで契約を解除できる旨の約定のもとに賃貸し、右賃貸借契約は昭和三九年九月八日に更新された。

2  反訴被告は、昭和四二年九月一二日から反訴原告に無断で休業したので、反訴原告は、反訴被告に対し、同月一八日本件店舗における営業の再開を求めたが、反訴被告はこれに応じなかつたので、昭和四二年一〇月三日右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

3  よつて、反訴被告に対し、本件店舗の明渡しを求める。

二、反訴被告は「反訴原告の請求を棄却する。訴訟費用は反訴原告の負担とする。」との判決を求め、答弁、並びに抗弁を次のとおり述べた。

1  反訴原告主張の請求原因第1項記載の事実は認める。

2  同第2項記載の事実のうち、反訴被告が昭和四二年九月一二日から本件店舗における営業を休止したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  反訴被告が右のように述業したのは、本件店舗における雇人が辞めたので、その補充のため一時休業したのであつて、二、三週間休業することについては反訴原告の承諾を得た。

三、反訴原告は、反訴被告主張の抗弁事実を否認した。

証拠〈省略〉

理由

一、本訴被告(反訴原告-以下被告という)が、本訴原告(反訴被告-以下原告という)に対し、昭和三四年九月九日に本件店舗を、賃料一ケ月金一二、〇〇〇円、期間五年、賃貸人に無断で休業したときは契約を解除できる旨の約定のもとに、食肉販売のため本件店舗を賃貸したこと、原告が右賃貸借契約に基き本件店舗を占有していたところ、昭和四二年一〇月一日に被告が右占有を奪つたことは、当事者間に争いがない。

二、被告は右賃貸借契約の解除を主張するのでこの点について判断する。

右本件店舗の賃貸借契約には前記のとおり賃借人が賃貸人に無断で休業したときは賃貸人が契約を解除できる旨の特約が存するが、被告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、本件店舗は、魚屋、八百屋等七軒の店舗で構成するマーケツトの一部であつて、原告はここで食肉販売店を営んでいたが、その一部の店舗が長期間休業するとこのマーケツトを利用する附近住民が不便を感じ、ひいては顧客が減少して、被告が賃貸している他の店舗の売上げにも影響を来たすため右特約が存することが認められ、乙第一号証の一、二(被告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる)と証人日向政夫の証言および原、被告各本人尋問の結果(但しいずれも後記措信しない部分を除く)によると、原告は、昭和四二年九月一三日に本件店舗の従業員二人が退職したため、従業員の補充がつくまで本件店舗を休業することを被告に申し入れたが、被告はこれに明確な承諾を与えなかつたことが認められ、右認定に反する証人日向政夫の証言および原告本人尋問の結果は信用できない。そうして、被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和四二年九月一八日に原告に対し、本件店舗の営業再開を申入れたが、原告が営業の再開をしないため、前記のとおり同年一〇月一日に被告は原告の本件店舗の占有を奪つて明渡しを断行し、同年一〇月三日ころ原告に対し契約解除の意思表示をなしたことが認められ、右認定に反する証人日向政夫の証言および原告本人尋問の結果はにわかに信用できず(証人日向政夫の証言によれば、原告あるいは原告の夫が経営する株式会社兼正は、本件店舗の他に東京都北区内に二軒の食肉販売店と食肉加工場を経営し、十数名の従業員を擁して他店舗へ従業員を応援に出したこともあつたことが認められるのであるから、右被告の営業再開の申入れに応ずることが不可能であつたとは認められない)、従つて、原被告間の前記賃貸借契約は昭和四二年一〇月三日ころ、契約解除によつて終了したものということができる。

三、ところで、原告は本件店舗の占有を侵奪された昭和四二年一〇月一日から本件店舗の引渡しまでの逸失利益の損害賠償を求め、それが一ケ月金七五、〇〇〇円であると主張しているが(但し、右損害賠償の請求は契約終了時までしか認められない)、右主張に沿う証人日向政夫の証言および原告本人尋問の結果は成立に争いない乙第五号証に照らして信用できず、他に本件店舗の純利益がいくらであつたかを確定できる証拠は存在しない。

四、そうだとすると、原告の本訴第一次請求中本件店舗の引渡しを求める部分は正当であるがその余の部分は理由がなく(本訴第二次請求は、右本件店舗の引渡し請求が理由がないことを条件とするものであるから判断の限りでない)、被告の反訴請求は、すでに被告が本件店舗の占有を取得しているのであるから、原告が右引渡しを被告から受けた後に被告の明渡請求権は顕在化すると解すべきで、この限度で理由がある。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言については、本訴、反訴とも必要性がないからこれを付さないこととする。

(裁判官 定塚孝司)

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